「ドリップコーヒーとフレンチプレスで淹れたコーヒーの味は違うのは、なぜ?」
「お店で試飲して美味しかったコーヒーが、家でドリップすると美味しくないぞ...」
「そもそも浸漬抽出と透過抽出の根本的な違いってなんだ?」
抽出テクニックの情報はネット上にたくさん溢れていますが、
そもそも、浸漬抽出と透過抽出の抽出原理の違いについて深掘りしたような、本質的な情報はなかなか見つかりません。
そんな中、そういった疑問のスキマを埋めてくれる情報として、非常に役に立ったのが以下の2つです。
・旦部幸博さんの「コーヒーの科学」
・世界のバリスタ達が注目する、天文物理学者Jonathan Gagnéのコーヒーブログより
「Why do Percolation and Immersion Coffee Taste so Different ?」
上記2つの情報から学んだことで抽出への理解が深まり、
最近では抽出のレシピを考えたりするのがよりおもしろく感じられるようになってきました。
今日は自分なりに理解した浸漬抽出と透過抽出の抽出理論の違いについて、
たくさん図解を用いて、分かりやすく解説してみようと思います!
浸漬抽出と透過抽出の本質的な違い
さっそく、「浸漬抽出と透過抽出、根本的に何が違うの?」という疑問に答えます。
結論は次の2つです。
浸漬抽出と透過抽出の根本的な違い❶「成分が抽出されるスピードが違う」
浸漬抽出 ▶︎【抽出スピード遅い】
↪︎どんどん濃縮されていく水で抽出が進むため、抽出スピードはどんどん遅くなっていく。各成分が"平衡状態"を迎えた時点で、抽出が止まる。
透過抽出 ▶︎ 【抽出スピード早い】
↪︎常に入れ替わる新鮮な水で抽出が進むため、抽出スピードは落ちない。注水を続ける限り、各成分が枯渇するまで、抽出が止まらない。
浸漬抽出と透過抽出の根本的な違い❷「できあがったコーヒー液の成分組成が違う = 味が違う」
浸漬抽出 ▶︎【コーヒー豆の成分組成を反映したコーヒーに仕上がる】
↪︎溶け出しやすい順番に成分が抽出されるが、各成分は上限(=平衡状態)に達した時点で抽出が止まる。十分な時間をかければ、コーヒー豆に含まれる個々の成分は全て溶け出す。
透過抽出 ▶︎【コーヒー豆に含まれる成分のうち、溶けやすい成分の割合は高く、溶けにくい成分の割合は低いコーヒーに仕上がる】
↪︎成分が溶け出しやすい順番に、そして上限なく抽出されるため、最終的にできあがったコーヒーに含まれる成分が偏りがち。
では深掘りして解説します。
浸漬抽出と透過抽出で、成分が抽出されるスピードは違う
【浸漬抽出】
まず、コーヒー粉にお湯をかけて浸漬抽出をスタートさせたとき、
成分の移動は、濃度勾配のルールにしたがって起こります。
高い位置から低い位置へ、坂道をボールが転がるように、
物質間の濃度に差があるとき、濃い方から薄い方へと成分は移動します。
このとき、コーヒー粉から水へと成分が拡散するスピードは、
コーヒー粉と水の濃度差が大きいほど速くなり、
濃度差が小さいほど遅くなります。
抽出がスタートした時点では、コーヒー粉の濃度が最大で、水には何も含まれていないので、成分の拡散スピードも最大になります。
しかし、いずれコーヒー粉の濃度が減少して、代わりに水の濃度が上がっていくことで、濃度差は小さくなり、コーヒー粉からの拡散スピードは徐々に減速していきます。
そしてコーヒー粉と水の濃度が釣り合った時点で、成分の移動は止まります。(均衡状態)
ここまでが浸漬抽出の基本原理です。
一方で透過抽出では、浸漬抽出と比べると、ドリッパー内で起こる現象が随分と異なります。
【透過抽出】
透過抽出は常に入れ替わる水によってコーヒーの成分を抽出するので、コーヒー粉と水の濃度差が大きく保たれます。
コーヒー粉と水の濃度差が大きいので、豆からどんどん成分が引き出されて、効率的に抽出が進みます。
そして、注水をやめない限り、コーヒー豆の各成分が枯渇するまで抽出が止まることはありません。
以上が、浸漬抽出と透過抽出で抽出スピードが異なる理由です。
まとめ【抽出スピードの違い】
浸漬抽出 ▶︎【抽出スピード遅い】
↪︎どんどん濃縮されていく水で抽出が進むため、抽出スピードはどんどん遅くなっていく。各成分が"均衡状態"を迎えた時点で、抽出が止まる。
透過抽出 ▶︎ 【抽出スピード早い】
↪︎常に入れ替わる新鮮な水で抽出が進むため、抽出スピードは落ちない。注水を続ける限り、各成分が枯渇するまで、抽出が止まらない。
浸漬抽出と透過抽出とで、できあがったコーヒー液の味は違う = 成分組成が異なる
ここからは浸漬抽出と透過抽出の違いによって、なぜ味わいが異なるかを解説します。
コーヒーには、酸味、甘み、苦味、渋みなど、コーヒーの味わいを構成する様々な成分が存在しますが、
それぞれの成分が水へ溶け出すタイミングは異なります。
溶解度の高い成分はコーヒー粉と水が触れた直後に抽出される一方で、
水に溶け出しにくい成分は、ある程度の時間が経過した後に初めて抽出されます。
ここで注意したいのが、必ずしも「美味しい成分は先に出て、まずい成分は後からでてくる」というわけではない点です。
溶け出しにくい成分のなかには、美味しいモノもまずいモノも混在するからです。
【成分の溶け出しやすさに差がある】
この前提を踏まえて、浸漬抽出と透過抽出で最終的に出来上がる液体がどう違うのかを比較してみます。
図解を用いて説明をしますが、あくまで概念を理解するためのイメージとして見てください。
まず、
・溶けやすい成分A
・やや溶けやすい成分B
・溶けにくい成分C
が含まれたコーヒー粉があるとします。
(実際は何百種類もあります)
浸漬抽出と透過抽出の方法を用いて、この粉から可溶性成分を20%引き出した時点で抽出をストップし、
抽出液の成分組成を比較するシミュレーションを行います。
すると、以下の図のような結果が得られます。
それぞれの抽出方法によって、抽出液の成分の構成が異なっています。
浸漬抽出に比べて、透過抽出では溶けやすい成分の割合が高くなっていて、逆に溶けにくい成分はあまり抽出されていないことが見てとれます。
これが、抽出方法によってコーヒーの味わいが変わる理由です。
「コーヒーのテイスティングをしたとき、あんなに液体の質感が良くて、色んな風味を感じられたのに、ドリップコーヒーになると、同じようにならない...」
というのは、バリスタのあるあるだと思いますが、その要因は、液体の成分の構成が異なることだったんですね。
それでは浸漬抽出と透過抽出で、どのようにシミュレーションの結果に至ったのか、過程を見てみましょう。
【浸漬抽出の場合】
コーヒ粉をお湯に浸けてから1分, 3分, 5分と待ち、抽出状況を観察してみます。
1分経過。
溶けやすい成分Aは、お湯と接触した瞬間から抽出が始まっていて、既に抽出がかなり進行しています。
やや溶けやすい成分Bは、まだ少ししか抽出されません。
溶けにくい成分Cにいたっては、まだ抽出が始まりません。
3分、5分と経つと、
成分Aは飽和状態(= コーヒー粉と液の成分濃度が均衡)になっていて、抽出がストップします。
成分B, Cも少しずつ、その割合が増えていきます。
20%の抽出率に達したときには各成分がバランスよく抽出されています。
【透過抽出の場合】
抽出が進むにつれて、溶けやすい成分の割合がどんどん増えていきます。
一見、浸漬抽出と同じようにも見えますが、実際は大きく異なります。
透過抽出では常に新鮮な水が注がれるため、浸漬抽出のように飽和点がなく、
成分が枯渇するまで、抽出は止まりません。
溶けやすい成分AやBからどんどん抽出が進行し、ようやく溶け出しにくい成分Cの抽出がスタートした頃には20%の抽出率に達してしまいます。
以上の理由から、抽出成分の内訳は、
溶け出しやすい成分の割合が高くなり、
逆に溶け出しにくい成分の割合は低くなってしまいます。
(⚠︎全ての成分が枯渇するまで注水を続けた場合は、この限りではありません。注水を継続した場合、最終的に「浸漬抽出で成分が飽和しきった液体」と同じ成分組成の比率で液体ができあがります)
まとめ【抽出液の成分組成の違い】
浸漬抽出 ▶︎コーヒー豆の成分組成を反映したコーヒーに仕上がる。
↪︎溶け出しやすい順番に成分が抽出されるが、各成分は上限(=平衡状態)に達した時点で抽出が止まる。十分な時間をかければ、コーヒー豆に含まれる個々の成分は全て溶け出す。
こういった理由から、世界中のコーヒー専門家はコーヒーの品質評価をする際に、伝統的にこの浸漬抽出(カッピング)を用いている。
透過抽出 ▶︎コーヒー豆に含まれる成分のうち、溶けやすい成分の割合は高く、溶けにくい成分の割合は低いコーヒーに仕上がる。
↪︎成分が溶け出しやすい順番に、そして上限なく抽出されるため、最終的にできあがったコーヒーに含まれる成分が偏りがち。
総括
以上、浸漬抽出と透過抽出の抽出理論の違いでした。
この記事を読んで、それぞれの抽出方法では以下の違いがあることが改めて確認できたかと思います。
❶ コーヒー豆から成分を引き出すスピードの違い
❷ コーヒー成分の溶けやすさが、抽出方法によってどのように液体に反映されるかの違い
簡単に説明できそうで、実際説明するのがかなり難しい内容だったのですが、いかがだったでしょうか。
今後コーヒーを淹れてみて、「あれ、浸漬抽出で飲んだときの何か違うな」「なにか物足りないぞ」と感じたときは、
"溶け出しにくい成分をどのように増やせばいいか"とイメージしてみると、調整しやすいと思います。
指摘、意見、感想、何かしらのリアクションがいただけると嬉しいです:)
また、この記事で紹介しきれなかった浸漬抽出と透過抽出の非常に大きな違いとして、
「チャネリング(不均一な抽出)の存在の有無」があります。
透過抽出でしか、チャネリング及び過剰抽出は存在しないとされていますが、その理由を解説した記事が以下になります。
よろしければ参考にしてみてください。
ではまた。
【読むとコーヒーが美味しくなるかもしれない記事】
「もっと詳しく知りたい!という方は以下の参考文献をどうぞ」
Why do Percolation and Immersion Coffee Taste so Different ? – Coffee ad Astra
Immersion vs. Percolation: Have We Been Calculating Extraction Incorrectly? — Scott Rao